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山口地方裁判所下関支部 昭和53年(ワ)100号 判決 1980年7月21日

原告

田原昭栄

ほか二名

被告

藤野俊美

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告田原昭栄に対し金一三六九万三二八七円及び内金一二六九万三二八七円に対する昭和四九年一〇月二〇日から、内金一〇〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、各自、原告田原卓及び同田原希に対し、各金一二九六万八二八七円及び各内金一一九六万八二八七円に対する昭和四九年一〇月二〇日から、各内金一〇〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者間の主張

一  請求原因

1  (本件事故の発生)

訴外田原道秋(以下、道秋という。)は、昭和四九年一〇月一九日午後九時五五分頃、下関市竹崎三町所在山電タクシー竹崎営業所前舗装道路(国道一九一号線)上において、被告藤野俊美(以下、藤野という。)の運転する被告構内タクシー株式会社(以下、会社という。)の中型タクシー(以下、加害車両という。)に激突され、同月二二日午前七時三二分脳挫傷のため死亡した。

2  (被告らの責任原因)

(一) 被告藤野は、本件事故の際、加害車両を運転して制限時速四〇キロメートルの道路を時速五〇キロメートルで走行していたものであり、また、自車と先行車両との車間距離を十分にとつていなかつた過失により、路上にいた訴外道秋の発見が遅れ、急制動したが及ばず本件事故を発生せしめたものであり、同被告は、民法七〇九条に基づき、右過失により生じた後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告会社は、被告藤野が運転していた本件加害車両を自己のために運行の用に供していた保有者であり、右加害車両の運行により訴外道秋の生命を害したものであるから、自動車損害賠償保障法三条(以下、自賠法三条という。)に基づき、本件事故により生じた後記損害を賠償する責任がある。

3  (本件事故による損害)

(一) 逸失利益 金六二八〇万九七二七円

(1) 訴外道秋は、死亡当時、訴外田原設備株式会社代表取締役社長として年間金三九六万円の収入を得ていた。訴外道秋は当時三六歳であつたから、今後少くとも三一年間は就労することができたところ、その逸失利益は、右収入金額の三割の生活費を控除し、年三分の定率昇給を勘案したうえで、中間利息をライプニツツ係数で控除して得た金六二八〇万九七二七円を下らない。

(2) 原告田原昭栄(以下、昭栄という。)は、訴外道秋の妻、原告田原卓(以下、卓という。)及び同田原希(以下、希という。)は、いずれも訴外道秋の子であり、右原告らは、訴外道秋の死亡により、それぞれ右金額の三分の一にあたる金二〇九三万六五七五円の請求権を相続した。

(二) 葬式費用 金四五万円

原告昭栄は、訴外道秋の葬式費用として金四五万円を支出したので、これと同額の損害を受けた。

(三) 慰藉料 金一〇〇〇万円

原告昭栄は、本件事故により夫を、また、原告卓及び同希は、父を失い、その精神的苦痛は甚大であるが、これを慰藉するには、原告昭栄につき金四〇〇万円、原告卓及び同希につきそれぞれ金三〇〇万円の賠償が相当である。

(四) 弁護士費用 金三〇〇万円

原告らは、被告らに対し、右(一)ないし(三)の損害賠償金を請求しうるところ、被告らが任意に支払いをなさないので、原告らは、それぞれ本件訴訟代理人に本訴の提起を委任し、その着手金として、各金一〇〇万円(合計金三〇〇万円)を支払つた。右報酬額は、本件事故による原告らの損害である。

よつて、被告らそれぞれに対し、原告昭栄は、右損害賠償金の内金一三六九万三二八七円並びに内金一二六九万三二八七円に対する本件事故の翌日である昭和四九年一〇月二〇日から及び内金一〇〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日から各支払済まで年五分の割合による遅延損害金、原告卓及び同希は、それぞれ右損害賠償金の内金一二九六万八二八七円並びに内金一一九六万八二八七円に対する本件事故の翌日である昭和四九年一〇月二〇日から及び内金一〇〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日から各支払済まで年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2及び3の主張はいずれも争う。

三  抗弁

1  (免責)

本件事故は、訴外道秋が下関市内でも交通の最も頻繁な国道のセンターライン付近に酔余坐り込んでいたため発生した事故であり、同人のいわば自殺行為ともいえる行為に起因するものである。

2  (時効)

(一) 本件事故は、昭和四九年一〇月一九日に発生し、同月二三日、被告藤野及び被告会社関係者も出席して訴外道秋の葬儀が行なわれており、原告らは、遅くとも右同日までには本件事故の日時、場所、加害者、加害車両を知つていたものであり、右の日から本訴が提起されるまで既に三年を経過しているのであるから、被告らは、本訴において右時効を援用する。

(二) 仮りにそうでないとしても、原告本人であり、原告卓及び同希の親権者である原告昭栄は、昭和四九年一〇月三〇日下関警察署において、本件事故に関し事情聴取を受けた際、本件事故及び加害者に関する知識を得ており、被告藤野の処分を希望する旨供述しているのであるから、遅くとも同日までには本件事故による損害及び加害者を知つていたものであり、右の日から本訴が提起されるまで既に三年を経過しているのであるから、被告らは本訴において右時効を援用する。

(三) 仮りにそうでないとしても、原告ら代理人である弁護士井上正治は、本件事故について警察の捜査がほとんど終了した昭和四九年一一月二八日、被告会社事故係担当者に対し、本件事故による原告らの損害金として金五二六九万円の賠償を請求してその計算書を交付しており、右の日から本訴が提起されるまで既に三年を経過しているのであるから、被告らは本訴において右時効を援用する。

3  (損害のてん補)

原告らは、自動車損害賠償保険から本件事故の損害に対し、金一〇六九万円のてん補を受けた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁2の主張はいずれも争う。

本件事故における被告藤野の過失の有無は、その態様からして極めて判断が難かしく、原告らが、訴外道秋は被告藤野の違法行為により死亡したものであることを知つたのは、被告藤野が本件事故に関して起訴された刑事事件(業務上過失致死被告事件)において有罪であることが確定した昭和五二年一〇月四日である。従つて、右の日から本訴を提起するまで三年は経過していないので、時効期間は満了していない。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因1の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  原告らの本件損害賠償請求の訴えが、本件事故発生の日である昭和四九年一〇月一九日から三年以上経過した同五三年五月二九日提起されていることは本件記録上明らかであるから、その余の請求原因事実についての判断はさておき、まず、被告らの消滅時効の抗弁について判断する。

1  成立に争いのない甲第四号証及び乙第一三号証によれば、被告藤野は、昭和四九年一〇月二二日の訴外道秋の通夜に、被告会社担当者二名と共に弔問し、翌二三日午後にも同人の葬儀に参列していること、また、原告卓及び同希両名の親権者でもある原告昭栄は、同月三〇日、下関警察署において本件事故に関し事情聴取された際、加害車両を運転していたのは被告会社の運転手である被告藤野であり、このことは本件事故の概要と共に、事故後聞いて知つている旨述べていることが認められる。さらに、成立に争いのない乙第一四号証の一、二、原告田原昭栄本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告らは、そのころ、被告らとの交渉を訴外井上正治弁護士(本件原告ら訴訟代理人)に委任し、同弁護士は、原告らの代理人として、昭和四九年一一月二八日、下関駅付近の喫茶店において、被告会社の担当者に対し、本件事故による訴外道秋及び原告らの損害として、金五二六九万円の賠償を請求していることが認められる。他に、右各認定の事実に反する証拠はない。

以上認定の事実を総合すると、原告らは、遅くとも、昭和四九年一一月二八日、その代理人が被告会社担当者に損害賠償を請求したときまでには、本件事故による損害及び加害者を知つていたものと判断するのが相当である。

2  原告らは、消滅時効の起算点につき、原告らが、訴外道秋は被告藤野の違法行為により死亡したものであることを知つたのは、被告藤野が本件事故に関して起訴された刑事事件(業務上過失致死被告事件)において、同人の有罪が確定した昭和五二年一〇月四日である旨主張する。

たしかに、この点に関する原告田原昭栄本人尋問の結果によると、原告らと前記井上弁護士は、本件事故の態様に鑑み、本件訴訟はきわめて難しい事件であるという認識のもとに、被告藤野の右刑事事件の結果を見てから、訴訟の提起を検討する考えであつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかしながら、まず、被告会社については、原告主張の責任原因は、前記のとおり、被告会社が本件加害車両の保有者であることに基づき、自賠法三条により、本件事故により生じた損害の賠償を求めるものであるところ、自賠法三条に基づく損害賠償請求権は、加害車両の運転者の故意又は過失、すなわち違法行為を成立要件とするものではなく、従つて、消滅時効の起算点に関する原告らの反論は、被告会社の抗弁に関する限り、明らかに失当である。

次に、被告藤野については、民法七二四条にいう「損害ヲ知リタル時」とは、被害者において当該加害行為が違法であることを知ることも含むのであるが、この違法であることを知るということには、加害行為が違法と評価される可能性を認識できる程度に加害行為を知つた場合をも含まれるものと解するのが相当である。なぜなら、具体的資料にもとづき右の程度の認識に到達する限り、被害者としては事実上賠償請求が可能なはずだからである(最二小昭和四八年一一月一六日判決民集二七巻一〇号一三七四頁参照)。本件についてこれをみると、前記(1)事実関係のもとにおいては、原告ら代理人が、被告会社担当者に対し、金五二六九万円の損害賠償を請求した昭和四九年一一月二八日までには、原告らは、少なくとも右の程度の認識に到達していたものと認められるから、遅くとも右の日までには本件事故による損害及び加害者を知つたものというべきである。

3  そして、本件訴訟が、原告らが遅くとも本件事故による損害及び加害者を知つたものと認められる昭和四九年一一月二八日から三年以上経過した昭和五三年五月二九日に提起されたこと、被告らは、昭和五三年七月二八日の本件口頭弁論期日において、右消滅時効を援用したことは、いずれも本件記録上明らかである。そうすると、仮りに、原告らに本件事故による損害賠償請求権が認められるとしても、右請求権は、時効により既に消滅しているものと判断せざるをえない。

三  よつて、原告らの被告らに対する本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由がないことになるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白井博文 榎下義康 奥田隆文)

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